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HN:
秦きょうこ
性別:
非公開
自己紹介:
語り部。作家。
「むすびの文庫」と「ふゆる座」を主催しています。
いろいろのお問い合わせは、こちらまで。
上映会のご希望なども、お気軽にどうぞ。
musubino.huyuru@gmail.com
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じっかの庭に、鶏頭がうわっていて、
いま花ざかり。ほんとに赤い。
つやつやと、秋の日ざしに照っていて、
見るたび胸に火がつく。
けして、おだやかでないもの。
鮮烈な火をいただいて、
この世になにか言おうとしている。
花はこわい。
とくに、赤いの、白いの。
赤いのは、かなしみや嘆きやいかりや、
そういうのの極みに、発火したんだとおもう。
それで、自浄してゆくの。
すべて熱くもして、とかして、
やわらかな灰にする。
じぶんの中のどうしようもないものが、
鶏頭として、庭さきにひょいと咲く。
お蔭でわたしは、もうほんとに深く、
なぐさめられるんだ。
「表現」なんてことさらにしなくても、
いつだって、
この世界はわたしを知り抜いて、あらわしてくれる。
「理解」なんていう手つづきなんかじゃなくて、
もっと直に。その、ままに。
わたしは花に通じているとおもう。
でも、花は花。
わたしはわたしでもあるので。
「ありがとう、お世話になります。」とおもう。
鶏頭。その烈火の花よ。
狭小なるわれを燃せ。
いくたびも。
また、いくたびも。
いま花ざかり。ほんとに赤い。
つやつやと、秋の日ざしに照っていて、
見るたび胸に火がつく。
けして、おだやかでないもの。
鮮烈な火をいただいて、
この世になにか言おうとしている。
花はこわい。
とくに、赤いの、白いの。
赤いのは、かなしみや嘆きやいかりや、
そういうのの極みに、発火したんだとおもう。
それで、自浄してゆくの。
すべて熱くもして、とかして、
やわらかな灰にする。
じぶんの中のどうしようもないものが、
鶏頭として、庭さきにひょいと咲く。
お蔭でわたしは、もうほんとに深く、
なぐさめられるんだ。
「表現」なんてことさらにしなくても、
いつだって、
この世界はわたしを知り抜いて、あらわしてくれる。
「理解」なんていう手つづきなんかじゃなくて、
もっと直に。その、ままに。
わたしは花に通じているとおもう。
でも、花は花。
わたしはわたしでもあるので。
「ありがとう、お世話になります。」とおもう。
鶏頭。その烈火の花よ。
狭小なるわれを燃せ。
いくたびも。
また、いくたびも。
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このごろ、まいにち病院にかよっています。
毎日、毎日、せっせと、バスにのって。
こんな生活は、はじめてのこと。
だんだんと、ひとつの居場所みたよになってきています。
見舞うひとは、ねむっていることが多くて、
必然わたしは、その懸命な寝息を、ただひたすらに見ていることになる。
ねむる、ねむる。
ねむる、ねむる。
こんなにも、ねむる。
看護婦さんは、「退屈しない?」って気遣ってくれるけれど。
わたしちっとも飽かない。
むしろ、
おどろいている。
ねむっている人のそばにいると、
こんなに落ちつくんだということに。
ねむっている人は、
その寝息によって、
あたり一帯をみずうみにしてしまう。
そばによって見つめたなら、
安らかな水がとぷとぷと足もとをぬらし、
しだい水底にここちよくしずんで、
わたしたちもまた、ゆらゆらと、たゆたうようになる。
水にねむる。
じぶんの為だけではなくて、みんなのために。
わたしたちはもっと、ねむらなくちゃ。
そんなことを、思ったりしている、今日このごろです。
毎日、毎日、せっせと、バスにのって。
こんな生活は、はじめてのこと。
だんだんと、ひとつの居場所みたよになってきています。
見舞うひとは、ねむっていることが多くて、
必然わたしは、その懸命な寝息を、ただひたすらに見ていることになる。
ねむる、ねむる。
ねむる、ねむる。
こんなにも、ねむる。
看護婦さんは、「退屈しない?」って気遣ってくれるけれど。
わたしちっとも飽かない。
むしろ、
おどろいている。
ねむっている人のそばにいると、
こんなに落ちつくんだということに。
ねむっている人は、
その寝息によって、
あたり一帯をみずうみにしてしまう。
そばによって見つめたなら、
安らかな水がとぷとぷと足もとをぬらし、
しだい水底にここちよくしずんで、
わたしたちもまた、ゆらゆらと、たゆたうようになる。
水にねむる。
じぶんの為だけではなくて、みんなのために。
わたしたちはもっと、ねむらなくちゃ。
そんなことを、思ったりしている、今日このごろです。
「対面式キッチン」というのは、たのしい。
みんなの様子みながら、お料理、皿あらい。
そこにはおしゃべりがあって、笑がおがある。
そこは、みんなで円くかこむ食卓の、円弧の一ぶ。
いえいえ、むしろ、
かつての囲炉裏みたよに、輪/和/話の中心なのかもしれません。
でも、
わたしの母や祖母の台どころは、そうじゃなかったから。
わたしはいっつも、母や祖母の背なかをみてた。
黙々と。
ひとりで。
野菜にふれ、米にふれ、
刃にふれ、火にふれ、
ことこと、ふつふつ。
ぐらぐら、じゅうじゅう。
あぁ、その背なかの、
充実しきっていたこと!
母はたのしそうだった。
祖母もまた、そうだ。
黙々と。
ひとりで。
小さな背なかを、
しずかな悦びでいっぱいにしながら。
わたしは、ふたりの背なかをじっと見てそだったから。
どうしようもなく、お料理がすきになった。
台どころにある背なかは、
ほんとはきっと何より饒舌に、
お料理のたのしさや家族への愛のふかさを、
わたしたちにかたってくれる。
わたしの背なかも、
あんなふうになりたい。
このごろそんな目標ができて、
台どころに立つのがますますうれしくなった。
みんなの様子みながら、お料理、皿あらい。
そこにはおしゃべりがあって、笑がおがある。
そこは、みんなで円くかこむ食卓の、円弧の一ぶ。
いえいえ、むしろ、
かつての囲炉裏みたよに、輪/和/話の中心なのかもしれません。
でも、
わたしの母や祖母の台どころは、そうじゃなかったから。
わたしはいっつも、母や祖母の背なかをみてた。
黙々と。
ひとりで。
野菜にふれ、米にふれ、
刃にふれ、火にふれ、
ことこと、ふつふつ。
ぐらぐら、じゅうじゅう。
あぁ、その背なかの、
充実しきっていたこと!
母はたのしそうだった。
祖母もまた、そうだ。
黙々と。
ひとりで。
小さな背なかを、
しずかな悦びでいっぱいにしながら。
わたしは、ふたりの背なかをじっと見てそだったから。
どうしようもなく、お料理がすきになった。
台どころにある背なかは、
ほんとはきっと何より饒舌に、
お料理のたのしさや家族への愛のふかさを、
わたしたちにかたってくれる。
わたしの背なかも、
あんなふうになりたい。
このごろそんな目標ができて、
台どころに立つのがますますうれしくなった。
秋。
あき。
実りの、音。
飽く。
もう、じゅうぶん。
というほどに、満ちる。
満ち、たりる。
波の穂を伝い、
「あき」が、
この世にふきわたってゆく。
写真。
先日、赤目自然農塾でお会いした方が、
おくってくださいました。
あぁ、うれしい。
ありがとうございます。
あき。
実りの、音。
飽く。
もう、じゅうぶん。
というほどに、満ちる。
満ち、たりる。
波の穂を伝い、
「あき」が、
この世にふきわたってゆく。
写真。
先日、赤目自然農塾でお会いした方が、
おくってくださいました。
あぁ、うれしい。
ありがとうございます。
おとといの夕ぐれのこと。
西のそらに、瑞雲をみつけた。
両てのひらにすくえるほどの、
ほんのちいさな虹の雲。
それは、
固く、むずかしくなっていた
むねのあたりを、
解き、しずめてくれた。
秋のそらの清涼。
そこにうかぶ、かすかな虹。
そのまま、
そのまま、
胸に、移れ。
そのまま、
そのまま、
この胸に、なれ。
西のそらに、瑞雲をみつけた。
両てのひらにすくえるほどの、
ほんのちいさな虹の雲。
それは、
固く、むずかしくなっていた
むねのあたりを、
解き、しずめてくれた。
秋のそらの清涼。
そこにうかぶ、かすかな虹。
そのまま、
そのまま、
胸に、移れ。
そのまま、
そのまま、
この胸に、なれ。